堺に生まれて、堺で育って


シマノは1921年大阪府堺市において島野鉄工所としてスタートしました。
創業の精神を守りながら、2011年には創業90周年を迎えました。
日本発の開発型製造業として、これからもこころ躍る製品をお届けしたいと考えています。

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堺とは?

堺市は近畿地方の中部、大阪府の中南部に位置し、
平安時代に、「摂津」「河内」「和泉」の3国の境に位置しているところから「さかい」と呼ばれるようになりました。
戦国時代、対明貿易や南蛮貿易など海外との交流拠点の港として黄金の時代を迎え、
明治以後は、近代工業が発展し、今日も力強い発展を続けています。
また、世界遺産登録を目指している仁徳陵古墳をはじめとする百舌鳥古墳群や
千利休により集大成された茶の湯の文化、刃物・線香・自転車などの伝統産業といった豊かな歴史文化に恵まれています。

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写真提供:堺市

堺の"鍛冶"技術

仁徳陵古墳の築造時、優れた鉄の加工技術(鍛冶技術)が必要だったため、
多くの鍛冶職人が住むようになり、堺は「ものづくりのまち」として発展しました。
鍛冶職人たちの技術は、やがて刀や包丁をつくる"刃物鍛冶"に力を発揮しました。
堺の包丁は、「堺打刃物」として国の伝統工芸品にも選ばれており、現在もプロの料理人から高い評価を受けています。

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堺は「鉄砲づくりのまち」

16世紀半ば、ポルトガル人が鉄砲を種子島に伝えました。
そのことを知った「堺の商人」たちは、堺の"刃物鍛冶"の職人たちに"鉄砲"をつくらせました。
堺の"刃物鍛冶"の職人たちは、鉄砲を見ただけで複雑な構造をたちどころに理解し、戦国大名に納めるようになりました。
日本で初めて鉄砲を大量生産したのが堺だったのです。

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自転車修理と"鉄砲鍛冶"の技術

明治の初期、日本に初めて"自転車"が輸入されました。
当時自転車は輸入品のみでブレーキもなく、故障や転倒が多く修理が必要でした。
それに対応できたのが、金属加工の豊かな経験と高度な技術を持つ"鉄砲鍛冶"。
堺の"鉄砲鍛冶"の技術が役立ったのです。その後、堺の自転車産業は大きく発展しました。

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日本発の開発型製造業として

1921年に創業した島野鉄工所(当時)は、シングルフリーホイールの生産に始まり、
内装型変速機の生産や冷間鍛造技術の研究を進め、開発型製造業として常に独自の技術で、
新しい製品、機能、システムなどを提案してきました。
そして2011年、株式会社シマノは、創業90周年を迎えました。

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堺との関わり

こころ躍る製品を通じて、自転車や釣りの楽しさをより多くの人々に広げることも当社の重要な活動の一つです。
堺市内にある自転車博物館で行われる自転車に乗れない方のお手伝いをする「自転車乗り方教室」のサポートメンバーを派遣したり、地元の身近な環境に対する取り組みとして「大和川クリーンアップキャンペーン」にボランティアとして参加しています。

Short stroke Servo-Wave mechanism has less free-stroke and 25% greater lever input to suit more aggressive riding.

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