シマノが主催する日本最大級の
サイクルスポーツイベント「シマノ鈴鹿ロード」。

シマノ鈴鹿ロード

Shimano Suzuka Road Shimano Suzuka Road
「シマノ鈴鹿ロード」は、初心者から国内外のトップレーサー、子どもから大人まで幅広く参加できる国内最大級のサイクルスポーツイベント。1984(昭和59)年、兵庫県のグリーンピア三木で「シマノグリーンピアロード」としてスタート(第9回大会から会場を鈴鹿サーキットに移して改称)して以来、2019(令和元)年で36回の開催を数えました。回を重ねるごとに、さらに多くの人々に楽しんでもらえる体制を整え、参加者も開催当初の延べ約1,000人から最大約15,000人へと増加してきました。

ヨーロッパのロードレースに深い造詣をもち、開催をリードした島野容三営業企画部長(当時)は、開催趣旨を次のように語っています。

「日本でロードレースをもっと多くの方に知って、楽しんでいただくためには、競技レース中心の、単に汗かいて勝った負けたというだけでは足りない。競技としての楽しみを残しつつ、乗る人はもちろん観ている方にも楽しんでいただけるイベントができないか、と考えていました」

ロードレースを、観る人にとっても魅力的なスポーツにしよう、観客がライダーと同じくらい興奮できるような活気あるイベントにしようと、第1回から現在も変わらず社員自ら運営を行っています。

「シマノ鈴鹿ロード」はお客様に親しまれ、共に歩み、つくり上げてきたイベント。シマノはこれからも自転車を楽しむ場を提案していきます。
COLUMN

「手づくりでやろう」のひとことから始まった、
社員主体のロードレースの祭典

すべての始まりは、島野容三営業企画部長のこのひとことでした。

当時、レースイベントの運営はシマノにとっても初めてのことであり、1984年の第1回開催までの7年ほど、イベント関連のさまざまな試みを重ねました。多くの参加者が楽しめるように、当時の厚生年金施設『グリーンピア三木』(兵庫県)の周回道路がレース会場に選ばれました。

お客様のため、ひいては業界のためという熱い想いで、多くの社員が企画段階から参画。自ら現場に赴き、お客様と同じ空気を吸い、サービスを提供します。この精神のもと、イベント当日も受付から選手招集、コース誘導、ゴール審判、救護まで、幅広く運営に参加しました。

この取組は第2回以降も受け継がれ、毎年改良を重ねています。お客様を連れてチームで参加する販売店や、出展する業界のメーカー・代理店も増え、イベントの盛り上がりは年々増加。まさに業界が一体となった、自転車を愛する人たちが一堂に会するシマノ手づくりの祭典として、多くの人に楽しまれています。
1984
レースに参加する人はもちろん、見る人にも楽しんでもらえるよう観客席を設け、オープンカフェテリアなどを特設。レースとレースとの合間にはブラスバンドの演奏でイベントを盛り上げました。
1987
本場の自転車文化の雰囲気を伝えるために、日本では当時見ることができなかった世界の有名選手を招待。第4回大会ではツール・ド・フランスを5回制覇したスター選手、Bernard Hinault氏がゲストとして来場し、ファンを沸かせました。
1998
この年から未就学児を対象にしたミルキーレースがスタート。親子で楽しみながら自転車に触れる場として、人気のイベントとなり、現在まで続いています。(写真は1999年)
2002
自転車ユーザーの裾野を広げる取組の一環として、シマノレーシングによる「ロードレース教室」 などのサブイベントが始まり、多くのファンが集まりました。
2011
この年からチームタイムトライアルに女性クラスを追加。2019年大会では女性が参加可能な種目は38にまで増え、日本でもっとも女性参加のクラスが充実するロードイベントになっています。
2012
この年から、レースにデビューする人や経験が少ない人を対象に初心者向け安全講習会を開催。社員が講師を務め、集団走行への不安を解消し、安全に走行するために必要な知識やコツを指南しました。受講したクラスでは、転倒者が激減するなどの成果が生まれています。